細密描写のみならず、それを実現する執着力もまた、吉村芳生ならではの魅力といえるでしょう。初期の吉村は、同じイメージを、飽きることなくさまざまな手法を用いて描いています。ここでは、1986年制作の《彼の地》の、3つのバージョンを紹介します。

《彼の地》
 1986 鉛筆・紙 112×152cm 作家蔵

足下を写真に撮ってプリントした後、全体を小さなマス目に区切って、その一マス一マスを克明にうつしとった、まさに写真にしか見えない鉛筆画。明暗対比のきめ細かい描写だけでなく、微妙な質感までもが忠実に再現されています。
眩しいほどに光を反射している靴紐の少しやわらかい質感と、影になっている部分(=靴)の少し硬くて、ザラッとした粗い感じの対比に注目!

《KANOCHI》
 1987 インク・リスフィルム 作家蔵

よく見ると、画面を区切っているマス目がなんとなくわかってきます。明るいところは、一本の斜線で。暗くなるに従って、その斜線が一本、又一本と増えていきます。細部を見てももはや質感はわからず、輪郭線もぼやけてきますが、遠くから全体を見るとイメージをしっかりと掴むことができます。

《KANOCHI 下絵(数字)》
 1987 鉛筆・紙 作家蔵

マス目がしっかりと見えます。1つのサイズは、2×2ミリ!その小さな一マス一マスの中に見えるものは、斜線、ではなく、0から9までの数字。明るさの程度を0から9までに分類し、一マス一マスにその数字を書き込んだ作品です。全てのマスに数字を書き込むと、全画面にただたんに数字が並んでいるだけになるところを、うまく余白を作って、イメージを掴むことができるように構成しています。