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日常礼賛―デンマーク絵画の黄金期

19世紀前半のデンマーク絵画は「黄金期」と呼ばれ、多くの芸術家が現れて多彩な創作活動を展開しました。風景画は、この時代を代表するジャンルといえるでしょう。画家たちは競い合うように自然に直に触れ、観察することを通じて、デンマークの自然に固有の美しさを見出しました。一方、この時代に台頭した市民階級をモデルにした肖像画においては、打ち解けた、飾り気のない親密な描写が主流となっていきます。
黄金期に花開いた、素朴で穏やかな「市民の芸術」とその価値観は、近代デンマーク文化の基層となり、後の世代の画家たちに受け継がれていくこととなります。

スケーイン派と北欧の光

1840年代のデンマークではナショナリズムが高まりを見せ、美術においてもデンマーク固有の風景や伝統的な慣習を残す田舎の人々の暮らしを描くことが推奨されました。そうした時代背景のなか、1840年代以降、ユラン(ユトランド)半島へ足を延ばす画家が現れ、1870年代初頭に半島北端の漁師町スケーインが「発見」されます。
この地を訪れた画家たちは、その厳しい自然環境と、そこで黙々と日々の労働に従事する漁師たちの姿に魅了されました。1880年代になると、国内外からさらに多くの芸術家たちがこの小さな漁師町を訪れ、その中心的な画家たちは、いつしか「スケーイン派」と呼ばれるようになります。フランスの印象派などの影響を取り入れた、開放的で美しいスケーイン派の絵画は、19世紀末から今日まで、デンマークの人々を惹きつけています。

19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛

19世紀半ば以降、デンマークの画家たちは愛国主義的な芸術観に基づいて作品を制作していました。そうした芸術環境が変化したのは1880年代のこと。若い画家たちは積極的に外国を訪れ、他国の芸術家たちと交流し、時代の最先端の表現を自身の創作活動に取り入れていきました。
また、世紀末のコペンハーゲンでは、画家の自宅の室内を主題とする絵画が流行します。温かみのある「幸福な家庭生活」の一場面が数多く描かれ、それらを通じて、「親密さ」がデンマーク絵画の特徴のひとつとなりました。一方、1900年頃には、無人の室内を描いた作品に象徴される、物語性が希薄な室内画が顕著になります。画家たちは居間や寝室を美的空間として捉え、絵画的要素の洗練された統合を追求していきました。

ヴィルヘルム・ハマスホイ―首都の静寂の中で

「室内画の画家」として知られるヴィルヘルム・ハマスホイ。コペンハーゲンで生まれ、王国の歴史が降り積もった建物や、旧市街に建つ古いアパートの室内を繰り返し描きました。
画業の初期には肖像画や人物画、風景画に取り組んでいましたが、1890年代半ば頃から徐々に室内画が創作活動の中心になり、1898年に移り住んだストランゲーゼ30番地の自宅を描いた一連の作品によって、独特の表現と、国内外からの名声を獲得します。以降、1916年にこの世を去るまで、コペンハーゲンの異なる住宅で暮らしながら、その古い室内を描き続けました。
ハマスホイの洗練された美的空間は、急速に発展を遂げる首都から消えていく古い文化の残影のように、近代の都市生活者に特有の郷愁と、憂いを誘う、静謐な空気を漂わせています。

Vilhelm Hammershøi ヴィルヘルム・ハマスホイ 1864–1916

コペンハーゲン出身の画家。自宅を描いた静謐な室内画で生前高く評価されるも、没後、戦間期を境に母国デンマークでも忘れられた。20世紀末以降、欧米の主要な美術館で次々と回顧展が開催され、現在、世界的に評価が高まっている。作品は現在も個人蔵のものが多く、日本の公立美術館に所蔵されているのは、国立西洋美術館の1点のみ。日本で実物の作品を見るのが極めて難しい画家のひとり。

画像:ヴィルヘルム・ハマスホイ
ヴィルヘルム・ハマスホイ ブレズゲーゼ25番地の自宅にて、1912年頃